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子育ての灯台 地域コミュ・どんぐり倶楽部 

子育て中の灯台。「Aさん」そして「どんぐり倶楽部」。


★・★・★「Aさん」★・★・★

この地域で 子育てについて関わっていらっしゃる方で
ADHDの子どもを支援する活動もされています。
  
そもそもの出会いのきっかけは
○高出産で 引越し直後、
一歳半のタータンを抱えて 子育て広場に参加したものの 回りに知り合いもなく
ぽつんとタータンと遊んでいた私に 声をかけてくださったこと。

「客観的にはこうかもね。 こうも見えるよ。」 と
気が付いたことを言ってくださるのが 私にとっては 嬉しいのです。

言われたことを咀嚼して 自分の抵抗を溶かして
日々活用していくのに時間がかかることもありますが
タータンを見ていて その一言が必要だなあと思ったとき 会いに行きたくなります。

タータン入学後 伺おうと思っていたのに 予定が合わず
父のことやら何やらで 結局 二年ほど間があいてしまいましたが
11月後半に 会に参加でき、その後 個人的にも話をする機会を得ました
タータンのチックのことを話そうと思ったんですが
それよりも ゲームのこと、塾のこと、学校のこと、遊びのこと、待つということ等々
一般的な子育ての話で盛り上がってしまいました。

今回 心に残してきたこと それはこれ。

 「子どもに決めさせたこと 選ばせたことは 親は否定せず 受け入れる」

(危険行為は別、 例 何でも買ってあげるよと言って 子どもが選んだものが 
 気に入らない場合でも こっちのほうが良いんじゃない などと言わない 等)

確かに 分かっていても つい口を出してるような気がします・・・
絶対子どもにさせたくない、させられない ということは
子どもに選択権を与えない。 
親がそこで 壁になって 親の責任でことにあたる。

またしばらく 予定が会わず お目にかかれないんだろうなと思うのですが 
霧に迷ったらまた話をしに伺おう そう思っています。



★・★・★「どんぐり倶楽部」★・★・★

只今実践中の「どんぐり倶楽部」。
「勉強嫌い!」「算数なんかやらない!」「ボクって馬鹿!」発言が解消されたのは
ここに出会えたからです。

私は「信者」ではありません。すみません。だって宗教じゃないし(*)。

自分の子どものことですし「信じて騙されました」 じゃ済まない話。
一つずつ 確かめつつ ゆっくり咀嚼しつつ 取り入れています。
そして 今では 宿題マシーンも登場します。
先生に 宿題のこなし方について 単独交渉もします。

1年9ヶ月程度の実践でしかない私がこういうのも失礼かと思いますが
子どもの学習に関連する大切なことを網羅して示してくれている
貴重なところだと思っています。

多方面からの攻撃もあっただろうし、妨害もあったであろうと推測されるのですが
それでもなお、これをネット上で公開してして下さることに感謝ですし、
過去ログで沢山質問をしてくださっている先輩ママ友に感謝なのです。

タータンの学習で 悩んだときに必ず指針が見つかります。
ってことは これが普通なんだな これで進んで行けばいいんだなと
個別の問題じゃないんだ。これはこの年齢ならば一般的なことなんだと
確認が出来るのです。

己の信念で どんぐり倶楽部を開いていただき
続けていただいていることに 心から感謝しています。


* 宗教ってことですが・・・(私見)読まなくて結構です♪
「宗教っぽい」っていう人は 何をしてそういう発言になるんだろうか?
ならば「公文」も「百マス」も「脳トレ」も 「宗教っぽい」ってことになるのに
それについては言わないのは何故なのか? へんだって思わないんだろうか?

タータンの幼稚園も その保育方針をして
「○○○教信者」という話をされることがあったけれど すごく疑問。
あることを 下げたい あるいは 上げたい だけの言葉だと思うのですが
その幼稚園の保育方針も、どんぐりの方式や考え方も 
「集団幻想」ではないので そういう表現はヘンでしょう・・・って思ってしまう。

子どものころは毎日仏壇にお線香をあげ、祝詞を聞いて育っている。
自分の子どもはプロテスタント系の幼稚園に通い毎年クリスマス礼拝に行く。
そして家族みんなで 知り合いの住職のいるお寺に毎年初詣に出かける。
私は 無宗教な人間ですが 
既成宗教(社会的に容認され現実社会に組み込まれた集団幻想)とは
こうやって 長年 適度な距離のある付き合いをしています。
そして 人智を超えた存在がある と思い描けることは重要だ と感じています。

宗教って 長いような短い人生を過ごしていく上で癒し励ましてくれる哲学。
もう少し大切に扱ってちゃんと考えたいことだと思っています。

というか・・・神とか仏という存在の意味について考えたいんです。
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コメントの投稿

いい出会いがいっぱい!!
Aさんとは私は縁がなく、個人的にはお話したいなって思った時期もあったけど、サークルのあの場の雰囲気が私にはどうもなじめず、一度参加したきりでした。
たぶん、自分の子供のことを、子供に会ったことのない人に話すのが苦手…大げさに伝わったり、ずれて伝わったり…だから、K園の先生に話すことが気楽だったのよね。
いいことおっしゃいますよね。ぶれない親になりたいもんだわ。

どんぐり・・・なかなか軌道には乗らないけど、J坊には日々声かけのみやってます。ほとんど逃げられっぱなし…ま、それも彼の通る道。

ごめんなさい。私もどんぐりを教えてもらった時、宗教的なものを感じました。でも、もともと、無宗教で不信心ものの私にとっては宗教って言うのは単なる哲学なんだよね。哲学にそれぞれの具体的境地があるのが宗教なのかな?
目指すものがあって、ぶれてはいけない筋があって…なかなかできないけどね。

アジア人はもともと温和だとある住職さんに聞いたことがあります。こんなにいろんな宗教を受け入れられる…欧米や中近東では、自分の宗教を勝ち取るために戦争が繰り広げられているんですから…と。

あ!分かりますよ!一緒でした。

「あの場の雰囲気が・・・」っていうのよく判ります。
私は年に一回くらいの参加です。
とても毎月はいけないし、自分にとっての適度な回数はそのくらいだな~
きっとまた 二年くらい間が開くと思っています(苦笑)

狂信的に見える書き込みと
思っていても書かない既成の学習方法に対する批判などがあるように見えるから
そう言われるのかなと 思っているんですが・・・
宗教的 とか 宗教っぽい という言葉
みんなは どういう意図で使っているんだろうなあと常々疑問でして。
そういう言葉で差別され 本来知らされるべき内容が
情報操作されて 誤報道されたり排除されていくのは イヤだなと思っているんです。

宗教って その発祥の地の環境ととても密接な関係性がありますよね。



私は宗教って否定的ではないんですよ。自分にないものだから…
逆に、信心深い人を羨ましく思うんです。
ただ、うっかりしてると間違った方向に行っちゃうし、力が入りすぎるのがね…
でもね、信心深い人に出会うと、不思議に自信と包容力があって…余分な欲もなくて…
間違った宗教はやはり明らかに間違っているんです。私、J坊を産んだ時に知り合った人に危うく宗教の勧誘をされそうになったことがあって…でも、明らかに変だった。だって宗教って強引な勧誘で成り立つものじゃないから…
ただ、弱っているときに入り込んでくるのも宗教の大きな力なのよね…いい方向に行けばものすごく救われるのに、逆にいとも簡単にだまされることもあって…人の弱みに付け込むのって単なる悪徳商法だと思いますが・・・

追加です。
宗教って洗脳のイメージが強いのも事実ですね。

昔、オウム事件のころ、洗脳が話題になって母に、「子育ても一種の洗脳なんだけどね」って言われたことがあって…
確かに私、いまだに、親に洗脳されてる部分多いんです。
私、洗脳されやすいんです。
洗脳されやすいって言うのは大人になりきれていないってことでもあるんですよね。
経験を積み、自分の考えを持てるようになると洗脳されにくくなると思います。そういう意味でも思春期の反抗って必要なんでしょうね。まずは親や大人、社会からの洗脳を自分でいったん考えるために。

ひとはひとりひとり違う人間でそれぞれの考えがあるはずなのに、
その集団ではみなが同じような言葉を言い、同じような思考を持つ。
そこが目に入ると、人間という、アイデンティティを自覚する生物にとっては、「こわい」という感覚を持つのはごく自然なことかなあとも思います。

宗教的って、そこが基準になってしまうところ、別の角度から物を見られなくなってしまうってところですよね。
そこに言葉のロジックが入り込んでくると、
どんな方向にも人の心を同じ向きに動かせてしまう。。。
いいことでも、悪いことでも、大きな力をふるうことができる。
大きな力って、“こわい”です。恐れも畏れも全て含めて。

そして“持ってかれない自分”を保つ自信はないなあ。


「都合がいい宗教」っていうスタンスは、とっても平和なことだと思っているわたしです。
そいういう曖昧さ、いい加減さは、他者を許す寛容さも持っていると思うから*^^*



Aさん。。。ああああ。お会いできていないなあ。
来年度は機会ができますが。
でもそう、もっと“個人的に”話をしたい。


よいイブをお過ごしください♪



~モモさん

洗脳ね・・・ 自分は絶対無い!って思っていたら怖いですよね。
十分ありえる。巧妙だもの。注意するのは当然ですよね。

成長して そういうことに出会って もし関わりを持ったとしても
あ!戻るぞ! と 決められる心力の種蒔きは 
子どもにしておきたいことの一つです。

自分が少数派でも 違うことは違う と判断ができるように育って欲しい。

洗脳かなあ 「私、子どもに制限かけてるよ!」 と思って唖然としたことはありました~
そんなことしたくないと思ってたのに、いざ子育てをしたらそうでした。
子育ての理想と現実、こうも違うかと思って ほけ~っとしまいました。
タータン3歳ころだと覆います。
ルールを知ってないと困るのは子どもですし・・・
会に組み込むために 最小限の制限はやっぱり必要ですよね。

そうだなあ 宗教って引っ張り込まれる感じが確かにしますね・・・
自ら選んで その教えに帰依するのなら良いですけどね
強制されるのは イヤです。 私 いい加減ですし。
そんなに神や仏に帰依してるんなら みんなで奇跡を起こして
戦争なくしてくれ!と思ったりします (すみません・・・)

Re:モモさん

先に洗脳って話がありましたけど
父、祖母、母から それぞれ
「自然崇拝型の神道が神のあり方として正しい」
「仏壇に線香を上げなさい 般若心経を唱えなさい」
「あなたは なすべきことをしなさい」 という洗脳をされてます。
そんな風に育ってしまったので あるときから
「大本はひとつで、それに至る道、通じるためのキーワードが違うだけ」
「自分のことを 観続けてくれる 何かがある。死んだらそこに帰る。 
 そこに帰るまでの間 どう過ごすのか どう在ったらいいのかを
 過去の体験談として まとめ上げてくれたのが宗教。」
大雑把委に言って そう思ってます。

良い悪いもなくて だから 全部良い ということにしてしまいました(苦笑)。
そうやって 大人三人を受け入れたってことでもあるかなと思います。

すべて受け入れられるという 日本人が持つ希な気質 私好きです。 
ああ 日本人でよかった。
あいまい 適当 凡そ という感覚は かなり大事だなあ と日々思っています。

Re: きんぎょさん

自分のアイデンティティが侵食されるのはいやだなあと思います。
だから 拒むんだね。
他の基準がなくなるところが 宗教は怖いのか。
なるほどね。そうですね。自分のアイデンティティよりも
他者の構築した理論に巻き込まれていくんですものね、

たしかに こわい・・・

> そして“持ってかれない自分”を保つ自信はないなあ。

うん ない。
ただ 持ってかれても あ!戻らなきゃって思って戻ろうとする自分は居ると思うけど。

> 「都合がいい宗教」っていうスタンスは、とっても平和なことだと思っているわたしです。
> そいういう曖昧さ、いい加減さは、他者を許す寛容さも持っていると思うから*^^*

 その辺が日本人的ですね!!好き。

> でもそう、もっと“個人的に”話をしたい。

 団体行動より単独行動が好きな私。やっぱり年に一度くらいが丁度良いです。

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プロフィール

クラリス

Author:クラリス
家族みんな
美味しいものが好き
おうちご飯が大好き
作るコトが好き
どんぐり倶楽部生活中

★子どもに見せたいもの★
  満天の星空
  雨上がりの虹
  白砂に埋もれる貝殻
  熱帯魚の泳ぐさんご礁
  足元に寄ってくる小魚
  種の芽生え
  横を泳ぐイルカの目
  清流
  稲田
  老人の笑顔
  働いているパパ

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